映画果てしなきスカーレット感想

 



『果てしなきスカーレット』、お客さんが入ってないことにショック受けて、古参細田作品支持者として血が騒いだので時かけ以来、久しぶりの細田作品観賞。いつものように思いついたことをどんどん感想メモとして書いていくです。


なんで細田作品観続けるのやめたかといえば、メジャーになってしまった作品はみんなが知ってる作品なのでそれよりは他のマイナーだけど面白さに気が付かれていない作品を観ようという判官贔屓のオタク気質もあるけど、結局のところ細田演出、めちゃくちゃよく出来てはいるけど、上品過ぎて本能的には好みの作品ではなく、自分は根っからのファン。信者とまでは行かなかったという理由だったんだと思う。

無論嫌いとかではなく細田さんの仕事だとドラゴンドライブのOPとかは無機質な感じが妙にそそって、繰り返し観たし、デジモンやおジャ魔女、ワンピ映画でいつもの感じと全然違う!目が離せない!という驚きと貴重なものを目撃してる感じがしてテンションは昂ってました。だからいまの誰からも評価されている細田さんにはテンション上がらないのか…。(ひねくれ者すぎる)


今回、上映1時間前に座席予約した時は4人くらいだったけど、上映時には12人くらいはいたかな。

男女半々くらいでおっさんもいれば女子高生3人組もいた。その女子高生たちは上映後にずっと愛想笑いを続けてて、誰が最初に賛否の感想の口火を切るかここで他2人と違う意見になるのは避けたいと警戒し合っていたところに青春を感じでエモかったw


事前情報でシェイクスピアのハムレットくらいは知ってないと厳しいかもという話を見かけたので、GoogleAIのまとめであらすじだけ確認。シェイクスピア作品はたしか中学校の授業としてヴェニスの商人を観劇したあとは知識を増やしたい中高生の時期にテレビ放送や脚本集、評論などでリア王、ハムレットを見知ったくらいか。当時は面白いと思うほどではなかったので深く追いかけはしなかった。

ただ、今回スカーレット、見覚えのある場面や聞き覚えのあるセリフが飛び交って、記憶の扉が開く。

シェイクスピア作品を面白いとは思ってなかったけど、簡単な単語ばかりなのに妙に印象に残る台詞回しや、葛藤する主人公のもがく姿は美しいなと楽しんでいたことに気がついた…。

そこに気がつくと、今回の映画で何度も出てくる主人公への選択や演劇的な立ち位置やカメラワークの数々がとても楽しめる。

 

序盤、似顔絵のくだりや修行場面は退屈だなと思ってたけど、その辺の説明はマッハで省略していってあっという間に地獄の場面へ。これ以降は不愉快だったとか、良くないなという感想は一切ないです!(鑑賞直後はそう思っていたけど、最後まで書ききってみるとちょっとあったです)

この門をくぐるものは希望を捨てよという有名なフレーズを出して、ハムレットでありつつも舞台は厨二の頃にワードのカッコ良さに惹かれて触れてしまうダンテの神曲地獄めぐり。

地獄めぐりは去年観た映画シビルウォーも楽しかったので、期待!してみてたけど、あそこまでキツい感じではなくよくあるロードムービーな感じだった。

 

この世界、最初に大俯瞰からの景色が、葉っぱの静脈というか、大脳皮質の拡大図にも見えて、ここは誰かの脳内という意図かも(細田監督の脳内?)

しかし、地面からの視点になった時、空を観ると海面が映っていて、海と大地の狭間バイストンウェルなのかもと連想するなど。実際にはラスト登り詰めると海面を超えて陸地の世界があったから普通に海だったのかな。その辺の異世界感はどこかで見た気がありつつも美しい背景美術が良かったのでずっと楽しかった!


死んだ後に狭間の世界に落とされたスカーレットは喉が乾いて泥水を啜るが直後に吐き戻してしまう。よくみると吐瀉物に虫のようなものが。

そう言えば黄泉世界の食べ物を口にしたら二度と現世に帰れないというエピソードがあるけど、

今回スカーレットは差し出された飲み物に仕込まれた毒を飲んでこの世界に来てしまったから中盤で飲食を勧められた時も断っていたし、実は何も飲まず食わずだった?オアシスの水に顔をつけていたような気はするけど直接飲み食いを見せてる描写はなかったような。


今回、現実世界が作画で死の世界はCGで描かれていいるルールだったけど、完全な切り分けではなく、一カットしか出ないキャラは作画だし、たくさんの馬やモブが動く場面はCGだった気がする。だからどうだというわけではないけど、断言して感想はかけないなという。

デジタルフロンティア社が手がけたCGはとても良かった。モーションキャプチャーによる全身の芝居だけでなく、顔の、特に目とその周りの芝居付けがとても細やかで、欧米アニメーションのようなオーバーな表情とも、日本アニメ的な漫画表現ともちょっとずつ違っていてこの作品ならではという表情描写になっていた気がする。

 

スカーレットはとても魅力的だった。芦田愛菜さんは幅のある芝居とめちゃうまい歌唱力も凄かったけど、スカーレットが焚き火を観てたらトリップしてしまう場面での「はわわ〜」と口にしながらびっくりしてる箇所がめちゃかわ!!深夜アニメの萌え美少女キャラの声優とかうっかり演じてほしい・・・。

スカーレットの見た目、劇場グッズにも選ばれてる胸がはだけて谷間が見えているカットもドキりとしたし、ダンスシーンはずっと足に目がいってた。最終衣装では常に左の脇が見える絵になっていて、あれで脇のえぐれ線があればフェチ感最高なのになあと思っていたら、パンフレットに載ってたCGアタリ用の作画LOにはえぐれ線書いてある!CGカットで表現出来なかったのかな?それともフェチ過ぎるから無しにしようという判断だったんだろうか。確認したいなあ…。


渋谷ダンスについては、以前、渋谷駅工事の完成形について調べたことを思い出して、やっぱこんな感じになるんだなあという思いと、コナン映画のハロウィンの花嫁で駅ビルの工事は無くしたけど駅ビルの外観は予想図通りになってなかったのが残念だったのを思い出すなど。

平和の象徴としてダンスを見せてスカーレットを驚かせるシーンだったけど、あまりにも異様な雰囲気になっていてこの映画は予想を超えてとんでもないものを出してくるのかと身構えていたが、飛び道具はこの場面だけだったのは勿体無く感じる。見てる方にもすごいショックを与えた場面だったしラストの決断や問答の部分にスカーレットがそれに影響受けて変わった部分とかあったらと思わなくもないか…な。


戦いの描写について、戦闘の場面はカット割りやアクションつなぎが綺麗で位置関係や動きの理解で混乱するという事はなかった。

スカーレットは普通の人より戦えるとはいえ、女性の体格と筋力の為に何度も窮地に陥る。その時その時の解決方法が稲妻だったり、仲間からの援護だったりで自分の機転で解決とかは無かったかな。これは1人では解決できないことはあったら他の人を頼れば良いんだよ的なメッセージかな?


死の世界は細田監督の脳内で見ている夢の演劇的世界で、その世界で食べ物どうやって生まれてるのとか人物がワープしてくるとかに理屈は求めなくていいかなと解釈。

悪い人も良い人もそれぞれが細田監督の分身だし、スカーレットの激情を止めるヒジリは理性が強い自分自身。ただ、理性的であるから今まで戦争を止めていたヒジリも突発的な犯罪行為に対しては防衛行為として人を殺めるのもやむなしという考えに至っている。ただ道義的であれという意識が強すぎて、キャラの魅力はスカーレットほど感じられず。その辺もう少し迷いを見せるような掘り下げをしそうなものだけど、ここは細田監督の観念の世界だからキャラの魅力が弱くなっても混じり気があってはいけないのかも。


後半、救いを求めて山の頂上を目指す人々たちや頂上から天に向かう描写にはカンダタの蜘蛛の糸に類する話を思い起こされる。ここも古典からの引用なのかな。天上に登っていく透明な階段がカイジで出てきた鉄骨横の階段とイメージと被ってしまって、そこだけ素直に見れないことに申し訳なく感じたなど。


終盤の戦争の描写の最中では、基本的にはR指定もない映画だからグロい描写はなくて、そもそも二度目の死で虚無になると粉々になるから安心して見ていたら、急に山が噴火して、数多の焼死遺体が描写される場面だけ、表現がキツくなって戸惑う。なんで焼死だけ粉々にならんのか。

それだけこのキツい遺体の部分は現実に起きている戦争の犠牲者とかを想起して欲しいという想いがこもってるのかな…。


山の頂上で、かつての敵がワープして助けにきた場面は本作で一番エンタメだったかもしれん。おっさん達が愛おしい。


閉じた門の前での最後の問答は、今回の映画で一番楽しかった。ちょっと演劇を見ている気持ちにもなった。スカーレットが正解のないクイズに悩む描写をもっとたくさん見たい!

あと吐かれた唾がべったりとくっついてる顔のしつこさには少し癖を感じる!いつのまにか消えたけど、そこは拭う描写を入れて更に唾の存在を感じさせて欲しかったかも(ゾクゾク)


何度も助けてくれたようにも見える傷だらけの龍の正体が大勢の鳥さんが集まった存在だったことが最後に明かされたけど、その意味についてパンフレット読むと観客が考えてと教えてくれなかった。正解かどうかはわからんけど、あれは1人1人は無力な民衆が集団になると悪事を許さないというニュアンスなのかなあ…ネット民とかが悪事を見つけて炎上させてオーバーキルするのを肯定的に捉えてるのかな?


ラストのお別れのシーン。キスをしたようなしてないような…?この辺くらいになるとご都合的生存展開ワンチャンないかなと見てて感情移入してしまっていた。なんだかんだでヒジリのことも気に入ってたことに気がつく。

俺は死んでてお前は生きててのところで生き死にについてのネタバラシについては最初からあり得る話だったので驚きはないけど、むしろこの世界に救いの道があるというのは出まかせだと思ってたからガラスの階段出た時のほうが驚いたw

あとスカーレットの復活ってなんか伏線あったかな。解毒剤が急に出てきて、叔父上は急死してて都合のいい状況。ハムレットでは全員死んでたからそこで唯一復活してハッピーエンドへ。

 

時代設定的には変かもだけど、そこは無視してでもスカーレットが民衆にたいして民主主義的な演説をして歌っておしまい。スカーレットはお別れの時に未来をいい世界に変えてヒジリが死なないようにしたいと叫んでいたからその影響はあったにせよ、少し監督の政治に対して思ってる気持ちの方を強く感じた。

スカーレットがそれまで進んできた道のりからは上に立つものとしての学びを得るものではなく、基本的には個人的な復讐への向き合い方についてだったし、

死後の世界でも力なき民衆は大変な目に遭っていて、壁に邪魔されて頂上を目指せる人とそうでない人たちの分断されてるビジュアルや野盗に襲われるジプシー達などはあるけど、

そこからスカーレットが死の世界を変えるぞという決意したみたいな場面はないので、うっかり生き返ったし、ヒジリが将来死なないように頑張るぞという棚ぼたな流れにしか見えなかった。

あの演説シーンでの時に、ヒジリだけではなく、もう少し旅路での経験からきたみんなの生活を良くしたいとつながりそうな話とかあれば、あの場面もう少し興味もって見ることが出来て感動できたかなあ…。そんくらい演説の内容とかより民衆の作画、コピペじゃなくてひとりひとり描いててすげえなあという部分に気が行ってしまっていた。

なので最後に急に歌い出す場面も、芦田愛菜は歌が上手いなあという気持ちしかなくて、スカーレット頑張って成長したな感動できるという気分にはならなかった…。

正直、作画はとても丁寧だけど、気持ち的にはCGパートのスカーレットの方が感情移入出来ていたので、エピローグについては手の包帯だけではなく、スカーレットだけCGのままですごい良く動く顔の芝居で通した方がわかりやすく気持ちが入ったかもしれない…まあそんなことしたら傍目にはギャグになってしまうかもしれないけども…。



今作は、細田監督本人が脚本書いているからこそ、監督の思いがダイレクトに画面やセリフに現れているので、ここは細田監督どんな考えで作ってるのかなという視点で楽しく見ることができました。キャラに感情移入してその動向にハラハラしてみるとかではなかったから他の人の参考にはならんかな。

 

 

感想メモすぐ終わるだろと思ったら二日くらいかかってしまった…。

ホントは一カット一カット一時停止して、このシンメトリカルな構図いいよねとか、おっさんおばさん集団のキャラデザ魅力的だよねとかいくらでも話すことは尽きないけど、次の映画を見に行きたいのでここまでにしておきます!!



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